和が様々な分野で着目されるようになり、日本古来の和菓子のよさも再評価されてきているようです。
 そもそも和菓子が今日のように多様性をもつようになったのは、江戸時代の参勤交代が一役買っていたようです。参勤交代とは幕府が各藩へ経済的負担を強いることを目的とした制度ですが、その際に将軍への献上品として喜ばれる菓子を競い合ったことから、地方ごとの菓子が発展していったのです。

 そうして誕生した和菓子は、戦さが終わり平和の時代が訪れた象徴として、人々の心を満たしていたのではないでしょうか。
 春の桜餅に、夏は水羊羹、秋の月見団子に、冬には草餅と四季折々で楽しませてくれる。私自身、祖父母の家に行く度に何かしらの和菓子を目にしていました。子どもだった当時は、美味しさが分からなくて「苺がのったケーキが食べたい」なんて言って困らせていたことを思い出します。

 皆さんは、和菓子といえば何を思い浮かべるでしょうか? 大福・団子・どら焼き・最中・羊羹・落雁・きんつば等など。 例えば、きんつば(金鍔)。江戸時代、徳川綱吉が将軍であった頃に京都で生まれた菓子です。米粉で作った生地に餡を包んで焼いたもので、形が侍の持つ刀の鍔に似ていたことから、当初は「ぎんつば(銀鍔)」と呼ばれ大衆に愛されていました。江戸に伝わった際、米粉から小麦粉を用いるようになったことから、表面が金色に輝いている「銀よりも金の方が縁起がいい」などとされ「きんつば(金鍔)」になったと言われています。

 当時は丸い形をしていた「きんつば(金鍔)」ですが、今では、六面を小麦粉の皮で焼いたものが「きんつば(金鍔)」であると定義されています。この四角い「きんつば(金鍔)」は明治時代に発案されたと言われており、時代に合わせて進化を続けてきた菓子のひとつであると言えるでしょう。

 これからの和菓子は、この「ぎんつば(銀鍔)」が「きんつば(金鍔)」に、丸い形から四角へと変化してきたように、時代に合わせてその姿形を変えていかなければならない、そう考えています。
 見た目や味の華やかな洋菓子に較べ、穏やかな和菓子は押され続けているようです。町の和菓子屋は衰退し、デパートの食品売場はもとよりスーパーやコンビニでも洋菓子が中心となっており、いかに和菓子の需要が減少しているのかを日々痛感させられます。

 一方で、和の素材を用いた洋菓子は増加傾向にあり、そのアイディアに対する柔軟性には感心するばかりです。実は私たちも、洋素材を使用した商品を多数展開しています。オレンジやミント、ロイヤルミルクティを練り込んだ「きんつば(金鍔)」に、チョコレートが定番のバレンタインデーにも和菓子の需要があるのではないかと、限定で販売した「ショコラきんつば」は、男性のお客様からの問い合わせが多く、一年を通して人気の味となりました。さらに、餡にチョコレートのガナッシュを練り込んだ「どら焼き」は、その珍しさから大変評価をいただいております。

 和菓子の根本である歴史や伝統は大切にしつつも、時代とともに移りゆく嗜好に合わせてゆく。まずは、取り入れてみて、受け入れていただけるかはお客様に委ねたい。そうして誕生した新しい和菓子がいずれ定番として伝統に組み込まれてゆく。そんなダイナミズムのある和菓子を提案できたらと思います。

「和菓子屋一代目」株式会社RS 豆園 
代表取締役 濱涼子